水魚の交わり

東京の片隅に住まうタイスケさんの週末日記

イモリとナイルとなめくじ

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 冬の間、浮島のうえや水底でじっとしている事の多かったイモリたちが、活動的になってきた。夜、フィルターに繋がってるモーターの、ジーという音に混じって、敷石を転がす音や、喉を鳴らす音が聞こえる。

 餌もよく食べる。冬の間は固形餌の2、3粒で「こんなシケた餌、食べられたもんじゃないよ」とでも言いたげに顔をふいと反らしていたのに。最近はピンセットもろとも食いちぎらんとする勢いがある。

 オスの子は朝の光の中で見ると、尻尾に紫が反射するようになった。

 野生のイモリは冬の間、ふかふかの土の中で眠り、春になると地上に出てくる。秋も冬も代り映えのない水槽ぐらしだったのに。春が来たこと、知っているのね。

 

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 今日は日本近代文学館の特別展に行ってきた。

 如是我聞関係の先入観で、名前を聞いただけで胃がキリキリしてしまい、小説を読めていない作家。一冊まるまる読む度胸は未だにないので、展示を通してどんな作家か確かめてみたかった。

 展示を見ていて、観察者の文章だな、と思った。きっと、自分の身を切り刻んで、血を流しながら書いていく人ではない。神様?

 ひとまず、そのうち代表作を読んでみようと思う。こころの友や師匠のように感じるか、何の印象も残さず通り過ぎていくか、名前すら見たくなくなるか、読んでみないと分からない。好きな人の好きな人は私にとっても好きな人、になる場合が多いけど、好きな人の嫌いな人っていうのは、どうなるかな。

 

 そうやってひとり胃をキリキリさせられた展示だったけど、白秋さんの書簡はすごく愛しかった。白秋さんの編集する文芸誌への寄稿をお願いする書簡。葉書の上半分左側にかわいいヘビみたいな絵、右側は朱色のインクで手書きした文芸誌のタイトル、下半分が本文なんだけど、これまた何故か不規則なインデントがついている。角ばっても丸まってもいなくて、川のように流れるような文字。(楷書で打ち直した資料がないと絶対に読めない)

「僕はあまり早く酒をのみすぎたので、身體がスツカリ弱つて、鹽をふりかけられたなめくじ見たいにとろけさうになつて、ねている。」

 畳のうえでごろ寝する酔いどれ詩人、情けないけど愛嬌がある。好きな人の好きな人の法則、侮れぬ。